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2008年11月11日 (火)

10年目の11月11日に

親父の命日。

もう10年か・・・。

親父とは仲がよかった訳ではないけど、亡くなった時には堪えたね。近しい経験をした人なら分かるかもしれないが、血縁者を亡くすってのは、やっぱりデカいことなんだね。

本当は、ウチから20分位のトコにある実家に行って、線香のひとつもあげてくるべきなのかも知れないが、行かなかった。実家に一人で住んでるオフクロは“冷たい息子だ”と思ってるかも知れない。でも、そういう形式だけじゃないところで、親父に対しても、この4年後に亡くなった妹に対しても、俺なりの思いは持ってるつもりだ。

親父が亡くなった10年前の今日、危篤だと連絡を受け、病院に駆けつけた。大勢の親族に見守られながら、親父が息をひきとる瞬間に、当時1歳9ヶ月だったウチの娘は親父に向かって「バイバーイ」と手を振った。

よく、子供は大きくなると小さい頃の記憶は消えちゃって、5歳くらいより後のことしか憶えてないと言われるが、逆に、赤ん坊の頃は何もかも知ってて、5歳くらいで、きれいに忘れちゃうって説もあるよね。そんなコトを一瞬、信じてしまいそうになった出来事だった。娘にこの話をしたら「へー」って言ってた。全然、憶えてないらしい(笑)

昔、何かで読んだのだけど、ヨーロッパ的死生観とアフリカ的死生観があって、ヨーロッパでは肉体の崩壊が死を意味するのに対し、アフリカでは人々の記憶からその人が完全に消え去った時が死を意味するという。そういう意味じゃ親父も妹も、オレの中じゃ死んでないといえるのかも。

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コメント

家族の死というのはやはり順番どおりがいいのでしょうか?
若い人の死はやっぱり不条理だと思います。
でも、死んだからといって全てが終わるわけではないのかもしれませんね。

投稿: マイト | 2008年11月12日 (水) 15時13分

>マイト様

順番どおりねぇ・・・。
いくつで亡くなっても、身内の死というのは
悲しいし、ショックなことだとは思いますが、
やっぱり、あまり早すぎて不条理な亡くなり方
だと、いろいろ考えてしまいますね。
でもマイトさんの言うように、全ての終わりでは
ないと思います。

投稿: LA MOSCA | 2008年11月13日 (木) 21時03分

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