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2011年3月18日 (金)

2011年3月11日午後2時46分

その時、俺はごく普通に仕事中の平凡な時間を過ごしてた。16時半あがりまで約2時間、連休を控えて頭の中で休日の計画を立ててた頃、それは突然やって来た。

“おっ、地震だ。デカいな。長えーな、おい。ちょっと何、この揺れ!”

でも正直、その時はこんなとてつもないことだとはこれっぽっちも思ってなかった。今まで経験した地震で一番デカかったかなぁ、ぐらいのカンジで。フィギア倒れちゃったかな?電車止まっちゃって帰り大変かな?なんて思ってたぐらいだから。

時間が経つにつれて情報がどんどん入ってきてことの深刻さを認識し始める。

俺の職場は日勤夜勤の交代制で24時間対応なんだけど夜勤者が来られなくて帰れなくなる。まぁ、どのみち帰れる状況じゃなくなってたけど。

えーっと、細かくは書けないんだけど若い子が沢山居る施設なので当然その子たちも帰れない。親が迎えに来るっていっても、交通が麻痺して来られない。施設に宿泊するようだ、なんて話が出始める。

泣き出す子、どうしても家に帰りたくて勝手に動き出す子。

施設の破損、異常も段々明らかになってくる。完全にパニック状態。

それらの対応に追われ、夜通し寝ないで働く。ほぼ屋外で・・・。この日、寒い日でさ、心も体も限界だった。

地震発生直後からこまめに電話やメールを入れてるのに嫁、娘と一向に連絡が取れない。自分の家族の安否も確認出来ないまま、人の子の世話を焼きつつ一晩を過ごす。でもこれが俺の仕事だ。俺はこれでメシ食ってんだ、仕方ない。

翌朝、帰れることになって、でも電車もバスもタクシーも使えないんで約25キロ、歩いて帰る決意をして帰路へ。“電話回線がダメになってるだけだ、絶対に無事だ”と自分に言い聞かせながら。

半分ぐらい歩いたトコで運良く、ホントに運良くタクシーを捕まえて家にたどり着く。

アパートの階段を駆け上り、勢いよく玄関を開けると

「パパ~、パパの部屋、酷いよぉ」

と娘が顔を出す。

笑いたければ笑ってくれていい。

その瞬間、俺は娘の名前を叫んで娘を抱きしめて泣いてしまった。

嫁も部屋から出てきた。二人とも無事だった。そしてみみちゃんも。

確かに部屋はメチャクチャだった。でも、この時ほど嬉しかったことは45年生きててなかったと思う。

つづく

Dscn4851

破損したCDの1枚。まだ調べてないけど、あと何枚、こんなのがあるのかなぁ?

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コメント

私の場合、自宅の直接的な被害はほぼないに等しいです。LA MOSCAさんとは、その点で決定的に違うのですが、それでもやっぱり、会社に泊まった翌朝、いつもとは違う路線の遠い駅から歩いて帰り、自宅の玄関前でなわとびをしている次男の姿が目に入ったときのあの感じ…安堵感に近いような…あれは一生忘れ難いものになるだろうと思います。
寒いし、まだまだ大変な状況ですが、これから先は、たぶんよくなる一方です。みなさまのご健康と安寧をお祈りしております。

P.S.何かマジでピンチになったら、ツイッターなりブログなりでおしらせください。できる限りご協力いたします。

>月見家様

直接的な被害がなくても同じでしょ、それは。
当たり前だと思ってたことにかけがえのない喜びを感じました。
ありがたいお言葉、とても嬉しいです。
その気持ちだけで胸がいっぱいです!
でもピンチの時はお願いしちゃうかもしれません(笑)
本当にありがとう!

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